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千葉地方裁判所 昭和57年(ワ)1283号 判決

原告(反訴被告) 丸田卓

右訴訟代理人弁護士 最首良夫

同 最首和雄

被告(反訴原告) 三木証券株式会社

右代表者代表取締役 鈴木貢

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 宮田光秀

同 米林和吉

同 中野比登志

主文

一  原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)三木証券株式会社に対し、金三八一万三九四四円及びこれに対する昭和五六年七月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、本訴・反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 被告(反訴原告)三木証券株式会社(以下「被告会社」という)、被告田中千秋(以下「被告田中」という)は、各自、原告(反訴被告。以下「原告」という)に対し、金七七〇万〇四四四円及びこれに対する昭和五六年一二月二九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 主文第二項と同旨

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告会社の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告会社の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 被告会社は、株式の売買、株式の売買の媒介等を主たる営業目的とする株式会社であり、被告田中は、証券外務員として同社に雇用され、直接顧客と接する業務を担当していた者である。

2 被告田中は、同人に対して原告が買付依頼をしたことは全くないにもかかわらず、新電元工業株式(以下「本件株式」という)を、昭和五五年一二月二六日二〇〇〇株、同年同月二七日八〇〇〇株、いずれも原告から買付依頼を受けたとし、被告会社をして、右各日、原告の計算で、右各買付をなさしめた。

3 仮に、原告が被告田中に対し、何らかの買付依頼をしたものと仮定しても、それは、銘柄、数量、価格等の決定をすべて一任した、いわゆる一任勘定取引に該当するので、無効である。すなわち、一任勘定取引は、取引に先だって、一任勘定取引契約書が作成されていない限り無効であるところ、本件においては、右契約書は作成されていないからである。

4 そして、被告会社は、昭和五六年六月二六日頃、右株式を反対売買に付したが、買付価額との間に多額の損金が生じたとし、原告が、同年一二月二六日、被告会社に対し預託中の住友商事株式会社の株式一万四〇〇〇株の返還を申入れたのに、これを拒絶した。

5 原告の右返還申入れ日に次ぐ取引日である昭和五六年一二月二八日の右株式の終値は一株金五五八円であったので、被告会社から即時に返還を受ければ、原告はこれを売却し、金七七〇万〇四四四円(売却価額七八一万二〇〇〇円から手数料・諸費用一一万一五五六円を控除した額)を取得できたはずである。

6 よって、原告は被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として、金七七〇万〇四四四円及びこれに対する不法行為の後である昭和五六年一二月二九日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を連帯して支払うよう求める。

二  請求原因に対する答弁

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実中、被告会社が、原告主張のとおり本件株式を原告の計算でそれぞれ買付けたことは認めるが、原告からの買付依頼がないことは否認する。原告は、昭和五五年一二月二〇日頃、被告田中に対し、買付株数及び銘柄を概括的に特定して買付依頼をするとともに、買付後なされた報告に対しても、異議なくこれを承諾している。

3 同3の事実中、一任勘定取引契約書が存在しないことは認めるが、その余は否認する。本件においては、買付株数及び銘柄が概括的に特定されているのみならず、そもそも、一任勘定取引が、一任勘定取引契約書が作成されていない限り、私法上無効であるということはない。なお、株式の売買の依頼をするに当たり、多かれ少なかれ被依頼者にある程度の一任をするのは、株式売買の依頼に必然的に伴うものである。

4 同4の事実は認める。なお住友商事株式が預託されていたのは、信用取引の担保株としてである。

5 同5の事実は否認する。

6 同6は争う。

(反訴)

一  請求原因

1 被告会社は、株式の売買、株式の売買の媒介等を主たる営業目的とする株式会社である。

2 被告会社は、昭和四九年五月一六日、原告と、信用取引口座設定契約を締結した。その内容の要点を信用買付の場合に限定して記せば以下のとおりである。

(一) 被告会社は、原告に対し、原告の計算で買付けた株式の代金を東京証券取引所の定める利率で貸付ける。

(二) 右貸付金の弁済期限は、貸付をなした日の翌日とし、但しその三日前の日までに弁済の申出なき場合、遂日これをくり延べるものとする。弁済の申出は、最長でも買付約定日から六か月以内になさねばならず、右最終日に弁済の申出がなされた場合の弁済期限は右申出日を起算日にして四日後である。なお、右の「弁済の申出」は、反対売買により弁済する場合にあてはめれば、反対売買の委託のことである。証券会社は直ちに執行を行うから同日、反対売買の約定が成立し、信用取引顧客勘定元帳「返済約定月日欄」にその旨の記載がされる。

(三) 原告は、被告会社に対し信用取引管理費として買付約定日から一か月経過する毎に一株につき一〇銭の割合による金員を支払う。

(四) 被告会社は、前記貸付金の弁済をうけるまで、当該買付にかかる株券を保管するところ、買付約定日より六か月以内に弁済申出がなされぬ場合、被告会社は原告の計算において当該株式を売却処分に付し、右売却代金につき生じる売却手数料、取引税、書換料を差引いた残額を前記貸付金、貸付手数料、信用取引管理費に充当することができる。

(五) 原告は、信用取引により生じる債務の担保のため、被告会社に有価証券を預入れ、前同様の方法で換価、弁済充当されることを承諾する。

(六) 原告は、信用買付あるいは(四)項、(五)項の売却に際しては、以下の割合による委託手数料を支払う。

(1) 約定代金が一〇〇万円を超え三〇〇万円以下の場合 約定代金の一・〇五%+二〇〇〇円

(2) 同三〇〇万円を超え五〇〇万円以下の場合 同〇・九五%+五〇〇〇円

(3) 同一〇〇〇万円を超え三〇〇〇万円以下の場合 同〇・七五%+二万円

3 被告会社は、原告からの買付依頼に基づき、原告の計算で、昭和五五年一二月二六日、本件株式二〇〇〇株を金三六四万円(単価一八二〇円)で、同月二七日、同八〇〇〇株を金一四四〇万円(単価一八二〇円)でそれぞれ買付けたが、原告から前記2(二)に定める弁済の申出がなく、同2(四)に基づき、以下の如き売却処分がなされた。

(一) 昭和五五年一二月二六日買付分

昭和五六年六月二六日、売却約定

売却代金一三九万円 (単価六九五円)

(二) 昭和五五年一二月二七日買付分

(1) 五〇〇〇株について

昭和五六年六月二七日売却約定

売却代金三七四万五〇〇〇円 (単価七四九円)

(2) 三〇〇〇株について

前同日売却約定

売却代金二三〇万四〇〇〇円 (単価七六八円)

4 しかして、右売却処分をした結果の計算関係は、以下のとおりである。

(一) 昭和五五年一二月二六日買付分

(1) 債権 小計金三六八万〇五八〇円

右内訳

購入代金貸付金 三六四万円

買付手数料 三万九五八〇円(3640000×0.0095+5000=39580)

管理費 一〇〇〇円(2000×0.1×5=1000)

なお、(イ)利息は、貸付日、返済期限の確定が必要なうえ、その間、金利が数回変動しており、算出に複雑な計算を伴うので主張しないこととした(以下、同じ)。また、(ロ)管理費の発生回数は、買付約定日から六か月を経過することはないから、最大限五回である。本件でも六か月目の応当日に反対売買に付しているので六か月を経過してはいない。

(2) 売却処分による弁済金 一三六万五四六〇円

但し、売却手数料は金一万六五九五円(1390000×0.00105+2000=16595)、取引税は金七六四五円、書換料は金三〇〇円であり、いずれも売却代金一三九万円から差引ずみ

(二) 同月二七日買付分

(1) 債権 小計金一四五三万二〇〇〇円

右内訳

購入代金貸付金 一四四〇万円

買付手数料 一二万八〇〇〇円(14400000×0.0075+20000=128000)

管理費 四〇〇〇円(8000×0.1×5=4000)

(2) 売却処分による弁済金

小計金五九四万七七六二円

右内訳

(イ) 五〇〇〇株について 金三六八万三〇七六円

但し、売却手数料は金四万〇五七七円(3745000×0.0095+5000=40577)、取引税は金二万〇五九七円、書換料は金七五〇円であり、いずれも売却代金三七四万五〇〇〇円から差引ずみ

(ロ) 三〇〇〇株について 金二二六万四六八六円

但し、売却手数料は金二万六一九二円(2304000×0.0105+2000=26192)、取引税は一万二六七二円、書換料は金四五〇円であり、売却代金二三〇万四〇〇〇円から差引ずみ

(三) よって、原告は、被告会社に対し、昭和五五年一二月二六日買付分につき同五六年六月二九日限り金二三一万五一二〇円、同五五年一二月二七日買付分につき同五六年六月三〇日限り金八五八万四二三八円の各支払義務を負担するに至ったものである。

5 被告会社は、信用配当金名下に金二万四〇〇〇円の預り金を有したほか、本件信用取引より生じる債権担保のため原告より預っていた住友商事株式一万四〇〇〇株、東急建設株式一〇〇〇株を2(五)に基づき昭和五七年三月一二日売却処分して金七〇六万一四一四円を得たところ、右は前項各債務中支払期限の早いものから順次元本に充当した。

6 よって、被告会社は原告に対し、残元本金三八一万三九四四円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五六年七月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1 請求原因1及び2の各事実は認める。

2 同3ないし6は、すべて争う。

第三証拠《省略》

理由

一  被告会社が、株式の売買、株式の売買の媒介等を主たる営業目的とする株式会社であること、被告田中が、証券外務員として被告会社に雇用され直接顧客と接する業務を担当していたこと、原告と被告会社とが、昭和四九年五月一六日、信用取引口座設定契約を締結したこと、右契約の内容が反訴請求原因2の(一)ないし(六)記載のとおりであること、被告会社が、原告から買付依頼を受けたとし、本件株式を、昭和五五年一二月二六日二〇〇〇株、同年同月二七日八〇〇〇株、それぞれ原告の計算で買付けたこと、そして、被告会社は、昭和五六年六月二六日頃右株式を反対売買に付したが買付価額との間に多額の損金が生じたとし、原告が、同年一二月二六日、被告会社に対し預託中の住友商事株式会社の株式一万四〇〇〇株の返還を申入れたのにこれを拒絶したこと、以上の事実は、すべて当事者間に争いがない。

二  そこで、被告会社が本件株式を原告の計算で買付けるに当たり、原告から買付依頼があったか否かについて判断する。

1  《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

すなわち、原告は、昭和四九年以前には、大和証券株式会社と株式の現金取引・信用取引の経験を有していた者であるが、昭和四九年五月一六日に被告会社と信用取引口座設定契約を締結してからは、証券外務員の被告田中を通じて被告会社との取引を継続してきた。その取引の仕方は、最初から原告が取引内容を選定する場合が三割位、被告田中が勧めて原告が決断を下す場合が七割位の割合であったが、いずれにしても、原告の取引態度は非常に積極的で、かつ、いわゆる仕手株を大変に好むものであった。

原告と被告田中とは非常に親しくなり、昭和五五年頃には、極めて頻繁に、直接会ったり、電話連絡をし合ったりという仲であった。

ところで、被告田中は、昭和五五年一二月二〇日頃、原告から電話で呼出され、千葉市天台所在のレストランで原告と会った。その時原告から、「どうしたら儲かるか」という趣旨の話があり、やがて原告から、「全部委せるから儲かる株を買ってみてくれ」という依頼があった。被告田中は、当初これを断ったが、原告の強い要請により、結局、「もし損をしたら被告田中自身が二ないし三〇〇万円位の損害を引き受ける位の気持でやってみましょう」という趣旨の返答をして、原告からの依頼を受託した。右の話合いは、一時間位に及んだが、この間、本件株式とか、警備保障等の株式が話題にのぼったが、具体的な銘柄の選定と買付株数の選定等は被告田中に一任された。

ところで、信用取引における買付株数については、担保株の範囲内という制限があるが、原告は、右買付依頼の後、新たに信用買付をなさしめるための担保枠を空けるため(同時点において、新たに信用買付をするための担保の充足率が満杯であったため)、すでに信用買付されていた田辺製薬株五〇〇〇株の売却を指示した。

そこで、被告田中は、同年同月二六日、田辺製薬株二〇〇〇株を売却するとともに本件株式二〇〇〇株を買受け、右同日、別途の金五〇万円を渡すため原告と会った際右取引の結果を報告し、了承を得た。まえ、翌二七日、被告田中は、田辺製薬株三〇〇〇株を売却するとともに本件株式八〇〇〇株を買付け、右同日電話で原告に報告したところ、前同様その了承を得た。そして、原告は、翌昭和五六年一月に入り被告田中と会った際には、当時本件株式の価格が急上昇していたため(昭和五六年一月一二日には二二六〇円まで値上りした)、大変喜んでいたのである。

なお、原告は、昭和五六年一月二七日科研薬化工株三〇〇〇株、同年二月一七日科研薬化工株四〇〇〇株、同年六月二九日住友商事株一万四〇〇〇株を、いずれも信用取引のための代用有価証券として被告会社に差入れているが、右各時点において建てられていた信用取引は、本件株式一万株が存したのみであったのである。

ところで、証券会社が、顧客の計算で売買をした場合には、必ず、遅くとも翌日には当該顧客宛に売買報告書が発送され、右報告書には、売買の銘柄、数量、単価等が記載されるほか、「お取引について、ご不審の点があるときは、速やかにお申出下さい」との注意書がなされており、また、同じ日に売りと買いの取引がなされた場合には、右両取引が一通の報告書に記載されて発送される取扱いである。そして、本件においても、前記一二月二六日と、翌二七日の、田辺製薬株の売却と本件株式の買付の結果を記載した売買報告書が、ともに右各日の各翌日に原告宛に発送されている。

また、信用取引については、右報告書とは別にさらに信用取引管理通知書を毎月一回顧客宛に発送してその時点における信用取引現在高を確認してもらう取扱いがなされているが、右通知書にも、銘柄、数量、買付単価、時価、手数料が記載されるほか、「上記に相違がありましたら速やかにご連絡下さい」との注意書がなされている。そして、原告に対しても、本件株式買付後では、昭和五六年一月一九日、同年二月二三日、同年三月二三日、同年四月二〇日、同年五月一八日、同年六月二二日と、いずれも信用取引管理通知書が発送されている。

また、さらに、年二回、残高照合通知書が顧客宛発送される取扱いであり、右通知書には、預り証券の銘柄、数量、預り金、信用取引が建っている場合の立替金(信用取引は、買付代金を証券会社が顧客に貸付ける形をとるため)等の記載がなされるほか、「記載内容にご不明の点がございましたら、右の連絡票により二週間以内に弊社連絡先へ直接お申し出下さい。期日までにお申し出ない場合は、残高をご承認いただけたものとして取扱わさせていただきますのでご承知おき下さい」との注意書がなされている。そして、原告に対しても、昭和五六年五月一九日、残高照合通知書が発送されている。

しかしながら、原告は、右の売買報告書に対しても、信用取引管理通知書に対しても、残高照合通知書に対しても、何らの異議申立て、その他の連絡をしていないのである。のみならず、原告は、無断でなされたものであると主張する本件株式買付後も、被告田中(被告田中は、原告の主張によれば、無断買付という信頼関係を破壊する行為をした張本人である)を通じて被告会社との取引を継続し、しかも前記のように、四回にわたり代用担保株の差入れまでしているのである。これらのことは、もし、真に、無断買付がなされたものであるとすれば、全く考え難いことであるといわなければならない。

そして、原告が、本件株式の買付けに関し、被告会社に対し初めて苦情を申入れたのは、昭和五六年七月二四日、当時専務取締役であった鈴木貢に対してであり、しかもその内容は、「被告田中は迷惑をかけないと約束したから委せたのに」とか、「新電工はそろそろ危いから全部売って警備保障に乗り換えろと言ったのにしていない」とかの抗議であり、本件株式の買付が無断でなされたという趣旨の抗議はしていないのである。

2  以上に認定した事実によれば、原告は、昭和五五年一二月二〇日頃、被告田中に対し、銘柄については、ある程度の原告の希望を伝えたうえ、具体的な選定を被告田中に一任し、数量についても、担保株の範囲内でこれまた被告田中に一任して株式の買付を依頼し、被告田中は、右原告の買付依頼に基づき本件株式を買付け、そして、右買付の結果を間もなく原告に報告したが、原告は異議なくこれを了承していることが明らかであるといわなければならない。

三  次に、事前の銘柄、数量等を特定しないで、これを外務員に一任してなす買付依頼は、一任勘定取引契約書が作成されていない限り、無効である旨の原告の主張について検討する。

1  本件において、一任勘定取引契約書が作成されていないことは当事者間に争いがない。

2  ところで、証券取引法一二七条は、「大蔵大臣は、……顧客から有価証券の売買取引について売買の別、銘柄、数及び価格の決定を一任されてその者の計算において行う売買取引を制限するため……必要かつ適当であると認める事項を大蔵省令で定めることができる」と規定するが、現在に至るまで一任勘定取引を制限するための右省令は制定されておらず、他に一任勘定取引の効力を当然に左右すべき法令上の根拠も見当らないので、一任勘定取引を、私法上当然に無効である、という理由はないものというべきである。

3  もっとも、一任勘定取引は、投資者保護の見地から問題が生じるおそれがあるのみならず、顧客と証券会社との間にトラブルが生じ易いため、一任勘定取引はできるだけこれを制限的に行うべきであるし、顧客の強い希望で一任勘定取引を行う場合にも、前記のような問題が生じるのを防止するため、一任勘定取引契約書を作成しておくことが望ましいことは明らかである。

大蔵省理財局長は、右のような見地から、昭和三九年二月七日、各財務局長宛に「管下の証券業者が一任勘定取引を自粛し、もし顧客の強い希望で一任勘定取引を行う場合には、一任勘定取引契約書を作成すること、もしその旨の契約書を作成していない事案において顧客との間に紛争が生じた場合には、一任勘定取引であるという主張をしないように指導されたい」という内容の通ちょうを発している(昭和三九・二・七蔵理九二六)。また、昭和四九年一二月二日、大蔵省証券局長は、日本証券業協会会長宛に、右通ちょうの趣旨を厳正に遵守するよう通知している(昭和四九・一二・二蔵理二二一一)。

以上のような、一任勘定取引をできるだけ自粛し、顧客の強い希望でこれを行う場合にも一任勘定取引契約書を作成するようにという通ちょうの趣旨からすれば、一任勘定取引契約書を作成しないまま本件株式の買付けに及んだ被告田中の行為は、決して望ましいものではなく、それなりの非難には価しよう。

4  しかしながら、一任勘定取引が、その旨の契約書が作成されていない限り私法上当然に無効である、という法律上の根拠がないことは前記のとおりであり、原告の右主張は理由がない。

四  そうすると、その余の点について判断を進めるまでもなく、原告の被告らに対する本訴各請求はいずれも理由がないことに帰する。

五  進んで、被告会社の反訴請求について判断する。

1  前記(理由一)のとおり、反訴請求原因1、同2の(一)ないし(六)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  反訴請求原因3のうち、被告会社が原告からの買付依頼に基づき、原告の計算で、本件株式を、昭和五五年一二月二六日二〇〇〇株、翌二七日八〇〇〇株各買付けたことは前認定(理由二)のとおりであり、その余の事実については、《証拠省略》によりこれを認めることができ、右認定を左右すべき証拠はない。

3  反訴請求原因4の各事実は、《証拠省略》によりこれを認めることができ、右認定を左右すべき証拠はない。

4  反訴請求原因5の事実は、《証拠省略》によってこれを認めることができ、右認定を左右すべき証拠はない。

5  そうすると、被告会社の反訴請求は、その理由があることが明らかである。

六  以上の次第で、原告の被告らに対する本訴各請求は理由がないからこれを棄却し、被告会社の反訴請求は理由があるからこれを認容するが、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 増山宏)

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